ケニヤッタ初代大統領

ナイロビから北へ車で約15分、ゴルフ場が併設されたウインザーというホテルがある。

そこから更に北へ15分走るとKIAMBU(キアンブ)という町に着く。ケニアの初代大統領MZEE JOMO KENYATTAが生まれた町だ。生まれた時の名はKamau Wa Ngengi。以来数回名前を変えている。Kamau Wa Ngengi⇒John Peter⇒Johnstone Kanau⇒Jomo Kamauそして後にJomo Kenyattaと呼ばれるようになる。彼の一生を追うつもりはないが子供の時から頭脳明晰、大人になってから何度も渡英しそこでマハトマ ガンジーにも会い心理的にも強い影響を受けたとのことである。

ウインザーとキアンブの間にパラダイスロストというピクニックサイトがある。このサイトは今では個人の所有地になっているが1963年の独立戦争の時にマウマウ団の戦士が隠れた洞窟がある。その洞窟の入口付近は古い巨木郡に守られ何やら太古の時代の趣きがある。

今でも一人で近寄るにはある種の勇気が要る。この独立戦争の時に戦った自由の戦士マウマウ団(MAUMAU)の意味はスワヒリ語でMZUNGU AENDE ULAYA、MWANANCHI APATE UHURUの頭文字をとったもの。

MZUNGU(ムズング)・・・・・外国人(一般にヨーロッパ人など白人を指す)

AENDE (アエンデ)・・・・・行かせる、追い出す

ULAYA  (ウラヤ) ・・・・・ヨーロッパ

MWANANCHI(ムワナンチ)・・国民、人々、同胞

APATE  (アパテ) ・・・・・獲得する、得る、

UHURU  (ウフル) ・・・・・自由、解放、独立

直訳すると『外国人(イギリス人)は出て行け、皆で自由を勝ち取ろう』という意味になる。リーダーはジョモ ケニヤッタで1963年6月1日ケニアがイギリスの統治から解放され自治国家となった初代の首相となり、1964年12月12日ケニアが自治国家から共和国となると共に初代大統領となった。

 

1952年2月5日エリザベス王女が25才の時ケニア山麓のツリートップスというロッジに宿泊し、同夜お父上のキングジョージ6世が崩御され女王となられたがその同じケニア山の麓で孫に当たるウイリアム王子がケイト ミドルトンさんと婚約した。ウイリアム王子の母親であった故ダイアナ妃の遺品であるサファイヤアのリングを婚約指輪として送ったという。結婚は来年になるとのことだが王室というところは我々一般市民からは全く想像外の世界だと思うので(僕自身入ったことがないので想像外ということすら想像するしかない)余程の覚悟がなければ好きだ惚れただけでは決心がつかないことではないかと思う。

ケニアは昔は英国の植民地だったが今では中国に植民地化されるのではないかと懸念されるほどで僕なんかもどこへ行ってもニーハオ、ニーハオと言われる。日本や韓国は押されっぱなしで隅に追いやられている感じさえする。このウイリアム王子の婚約を機にケニアも自然や文化の素晴らしさを世の人々にもっともっと知ってもらうチャンスではないだろうか…。