ドウドウハウス

by Endo San | Category Bootstrap | 2016-03-31 20:38:19

3 Comments

“月の~砂漠ヲ~ は~る~ ばると~…”、この歌を知らない人はいないだろうし、この歌の中の世界に自分をおいて陶酔しなかった人はいないだろう。しかし仮想の世界の夢物語、本の中の世界としたままそういった世界が現実にあるとは信じられなかったことも確かだった。 しかし、広い砂漠をゆったりとラクダに揺られて行く姿が夢を誘い、なだらかに続く砂丘も本当にあるような気がしたし、本当にあるなら自分もそこに行ってみたいと思った。 1975年10月にスペインのマドリッドを出発しジブラルタル海峡をフェリーで渡ってモロッコに入りそこからサハラ砂漠を縦断し、4ヶ月後の1976年2月にケニヤの首都ナイロビに着いた。 (サハラ砂漠縦断4ヶ月間に起きた諸々については別項で…) 我々がスーダンのJUBAで数日間過ごし国境を越えてケニア北部LOKICHOGIOに入ったのが 1976年2月12日。途中ホワイトハイランドと呼ばれその昔白人が移住したKITALEという町に1泊し、ナイロビに着いたのが翌14日。その頃は初代ケニヤッタ大統領が睨みをきかせておりナイロビ市内を夜の夜中に酒に酔った身体をフラフラさせて歩いていても何の問題もなかった。 一度ケニヤッタ大統領の誕生日に大統領官邸で催されたガーデンパーティーに招待され知人の政府高官に紹介されて握手したが大統領の手が何しろ大きくてがっちりし手の平の肉の厚みが暖かく真夏の野球のグローブと握手したようだった。しばらくはナイロビ近辺のキャンプ場に泊まったり知人の家にやっかいになったりしていたが何しろ気候がよく快適で当分は過ごしてみようと思いナイロビ郊外に手頃な庭付きの1軒家を見つけ日本からの旅行者にも開放した「ドウドウハウス」という民宿らしきことを始めた。 その頃は東アフリカや南アフリカ又はサハラ砂漠へ行きたいという旅人が多くその旅行の情報交換所にもなったし旅の疲れを癒す場所にもなった。又日本から来る人にミソ、梅干、マヨネーズなどを持ってきてもらったり新しい日本の情報も聞けたので大変便利だった。噂を聞きつけていかにも怪しげな旅行者やアメリカ人、ヨーロッパ人なども泊めてくれと言ってきたがベッド数に限りがあったし泊まっている仲間内でトラブルのはイヤだったから人選を厳しくし、ちゃんとした旅行の目的を持った人や自分のことは自分で出来る人だけを泊めるようにした。中には庭にテントを張らせてくれと言ってきた人もいたがいかにも目付き・態度が卑しかったり非協力的な人種とみえたら断るようにした。 食事などは全員で交代で作るか得意な人に腕を奮ってもらい、食事作りに参加しなかった人は後片ずけをすることになっていた。食事をするのもしないのも自由にしその当時のお金で朝食べた人は40円、昼を食べた人は80円、夕食を食べたら120円、宿泊代は160円と決め、宿泊代以外はキッチンに備え付けた帽子大のカゴに入れることにしていた。食べたのにお金をカゴに入れなかった人(忘れた人以外)には即退去してもらうことにしていた。食料の買い物は時間のある人行きたい人がカゴの中から自由に持って行って買い物をし、お釣りは必ずカゴの中に返すようにしていた。こういった約束事をキチンと守れないような人、自分を律することの出来ない人は旅行者として他人の国を旅する資格はないと思うし他人に迷惑を掛けても知らん顔し自分勝手な人達なのでドウドウハウスの宿泊はご遠慮願っていた。 泊まっている旅行者の中に誕生日の人もいてそのような時には飼っている鶏やウサギでお祝いをしたり庭でバーベキューをしたりしていた。温かい日には太めの竹を数本切ってきて庭で流しソーメンなどもしていた。 又このドウドウハウス宿泊中に知り合って結婚したカップルも2組おり、逆にお互いX(バツ)経歴を背負ってしまった人達もいた。 サハラ砂漠を共に旅してきたランドローバーが3台あったのでよく皆で動物を見に国立公園へ行ったり、観光客の行かないリフトバレーの底や鍾乳洞探検をしたりもした。 ナイロビから500km南に行くとモンバサという海の町があり全身をブイブイという黒い布で覆い、目だけを出して歩いているアラブの女性や、カンズというふわりとした白い布を体に巻き風のようにスイスイと歩いている男性を見ることができる。海岸に出ると白い砂浜が10km以上長く続いており手をつないだカップルや犬を連れて散歩している人達をよくみかけた。 そんな中に椰子の樹に囲まれてセルフサービスのコテージが建っており純粋なホリデー気分を味わうことができる。近くでは新鮮な野菜も手に入るし漁師が釣ってきたばかりの新鮮な魚をカゴに入れて売りにくる。最高の贅沢は椰子の実の殻を集めてきて燃料にし、その回りに石を置いて金網をおき伊勢エビ、イカ、タコなどを乗せて、塩を振って生のライムをしぼりむしゃぶりついていくとまるでこの世の極楽であった。 そんな時折の楽しみを続けて10年後、結婚を期にホンワカハウスのドウドウ民宿は閉じることにした。 今は2人の子供も20才を過ぎ間もなく手が掛からなくなるのであの楽しかったドウドウハウスを又始めてもいいかなと思ったりしているが果たしてどうなるか…

 

3 Comments

ADDRESS | 住所

  • 住所: 1F Unga House, Westlands
    Nairobi, Kenya
  • メール: info@dodoworld.com
  • ウェブサイト: www.dodoworld.com
  • : +254 721 381 298
    : +254 20 445 0015

DODO のお支払いページ